韓国の特許制度は,日本の特許制度と似ているところが多いが,異なるところも多い。例えば,請求範囲で記載する言葉が日本より厳しく制限されることがあり,「略」などは請求範囲を不明確するという理由で許されない。又,出願時に請求範囲を記載せず後で補充することが可能である。数値限定の発明については,その臨界的意義を明細書に記載することが要求されるなど,発明の効果を明確に記載することが要求される。さらには,拒絶査定後,前置審査の代わりに「再審査」という制度を運用している。特に、韓国の実用新案制度は、1999年7月1日から2006年9月30日までに、先登録、後技術評価制度であったが、2006年10月1日から特許と同じ手順で改正され、現在施行されています。


1.特許請求範囲において「略」などを使用してはならない


特許請求範囲は特許権の範囲を決めるものである為,出来るだけ範囲を広く持たせるように記載することが,特許世界のグローバル的な常識であろう。
例えば,「10%」よりは,幅を持たせる形で「略10%」と書くことが日本などでは多いようである。物理的に厳密な「10%」というのは有り得ない為,「略10%」が現実的にも合うのは良くわかる。「略平行」も同じである。 しかし,これは韓国では許されない記載方法である。何故ならば,発明の構成を「不明確」にするという理由で,拒絶理由が出されるからである。もちろん,審査基準では「但し,このような表現を使っても,その意味が発明の詳細な説明により明確に裏付けられ,発明の特定に問題がないと認められる時には不明確なものとして取り扱わない」とあるが,認定までには至らないことが多い。 従って,拒絶理由が出されると,「略」を削除し,ただの「10%」に書き換える補正をすれば,拒絶理由を乗り越えて特許となる。
これで終わるのであれば,問題はなさそうであるが,もし係争であった場合には,この「10%」が争点となる可能性があるだろう。即ち,イ号のものが「9.9%」の場合,特許権者は,技術的常識から「9.9%」は「10%」に属するので「侵害」であると主張するはずであるが,攻められる側は,特許権者が,審査の段階で「略10%」を「10%」に書き変えたので,特許の請求範囲の「10%」は,「ジャスト10%」と解釈すべきであって,又,出願経過参酌の原則(包袋禁反言の原則)により,意識的に除外したことについては権利を主張することができないため,「ジャスト10%」以外の範囲は「非侵害」である,と主張してくるはずだからである。 ここで,この問題を解決する為,出願当初から,
・請求範囲には「10%」と記載する
・発明の詳細な説明の請求範囲を記載するところ([課題を解決するための手段])には,請求範囲をそのまま記載し,”ここで「10%」というのは,物理的に「ジャスト10%」はもちろん,「略10%」をも含む概念である”と書き加えておく(「略平行」の場合には,”ここで「平行」というのは,物理的に「厳密な平行」はもちろん,技術常識的からみて平行にみられる「略平行」をも含む概念である”と書き加えておけば良いだろう)このようにすれば,拒絶理由や係争の場合でも,この問題で攻められる心配はない。 「略」と同じように韓国では許されない用語に,「大略」「約」がある。 又,韓国の審査基準で,不明確な用語の例として取り上げられるものをいくつか並べると,「所望により」「必要により」「特に」「例えば」「及び/又は」「主に」「主成分に」「主工程に」「適合な」「適量の」「多い」「高い」「大部分」「ほとんど」「〜以上」「〜以下」「0〜10」などがある。 「〜以上」「〜以下」「0〜10」が許されないということは,下限及び上限を明確にしなさい,また「0」まで含むとおかしいのではないか,という意味である。 従って,例えば「10%以上,20%以下」「0%を超え尚且つ10%以下の」のように記載しなおせば良いだろう(但し,任意成分の場合は0を含むことが認められる)。 この中で,ほとんどの用語,例えば「所望により」「必要により」「特に」「例えば」「主に」「主成分に」「主工程に」「適合な」「適量の」などについては,拒絶理由が出された場合に削除しても特に問題はなさそうである。 「及び/又は」については,化学分野の発明ではよく認められる傾向である。
但し,「〜を除いて」「〜がない」などの否定的表現は,特別な理由がない限り認められない。

2.「マルチのマルチ」のクレームは許されない


請求項の記載方法は国々によってバラツキが結構あるが,韓国においても例外ではない。韓国も特有の決まりを持っている。
例えば,
・請求項1は,独立項
・請求項2は,請求項1に従属する
・請求項3は,請求項1,2に従属する
・請求項4は,請求項1,2,3に従属する
・請求項5は,請求項4に従属する
・請求項6は,請求項2,5に従属する
の場合,請求項4の記載方法は許されない。
請求項3は複数項(1,2)を引用し,請求項4は,その請求項3を引用しながら複数項(1,2,3)を引用しているからで,これがいわゆる「マルチのマルチ」である。又,よく見逃すのが請求項6であろう。
請求項6は,それぞれ単一項を引用している請求項2,5を引用しており,言わば「シングルのマルチ」である。しかし,実は請求項5が「マルチ」の請求項4を引用していて,請求項6が「(マルチの)マルチ」にあたるため,結局のところ許されない記載方法である。

3.数値限定の発明について


韓国では数値限定の発明が特許として成立しにくい,とよく言われる。当業者が実験などを繰り返したら,即ち時間をかけて実験をすれば見出せるのではないかという論理である。このような拒絶理由は常である。
もう一つの理由は,臨界的意義(=効果)が記載されていないからである。臨界的意義というのは,上下限の閾値を境目にして現れる,他の範囲よりも優れた効果のことである。韓国の審査基準では,請求項に記載されている課題が引用発明と共通であり,その効果が同質である場合にはその数値限定の臨界的意義が要求されるとされている。臨界的意義さえ明確に記載されていれば,特許となる可能性は高いと思われる。
数値限定の臨界的意義が認められる為には,閾値を境目にして特性,即ち発明の作用効果に顕著な変化が現れなければならないものであり,
①数値限定の技術的意味が発明の詳細な説明に記載されていて,
②上限値又は下限値が閾値であることが発明の詳細な説明の中の実施例などから立証される必要がある。
尚,閾値である事実が立証される為には,通常数値範囲の内外を共に含む実験結果が提示され,閾値であることが客観的に確認可能である必要がある。
又,出願当初から臨界的効果を明確に記載しておいても,審査の段階で,その臨界的効果を奏する範囲と一部が重なる引用文献が見つかれば,重複する範囲を除く形で請求範囲を記載し直すことになるが,それでもなかなか難しい。引用文献により変えざるを得なかった範囲には,臨界的効果がないからである。
従って,出願前から先行文献を良く調べることである。
但し,請求項に記載されている課題が引用発明と異なり,その効果も異質的である場合には,数値限定を除いた,両発明の構成が同一であっても臨界的意義は要求されない。

4.プロダクトバイプロセスのクレームについて


このプロダクトバイプロセスのクレームは基本的には認められないが,特許を受けようとする物の構成を適切に記載できない場合(新規の物質,食べ物など)に限って例外的に認められる。
但し,例外として認められないと,結果物である物に対して審査が行われる傾向である。

5.発明の効果を丁寧に記載しなければならない


発明の効果は,進歩性の判断などにおいて重要な材料になるので丁寧に記載するべきである。例えば,引用文献の発明に対する本願発明の優れた効果があったとしても,その効果が出願当初の明細書に記載されていなければ無視され,拒絶理由などが出ることが多いだろう。
審査基準では,〝…引用発明と比較される顕著な効果が,明細書の発明の詳細な説明に直接記載されていない場合でも,当業者が発明の詳細な説明や図面に記載されている発明の客観的構成から容易に認識できる場合には,意見書などで主張・立証(例えば,実験結果)する顕著な効果を参酌して進歩性を判断する〞とされている。「容易に認識できる」というハードルがあるからかもしれないが,明細書に記載されていない効果は認められないという傾向にある。
また,医薬剤の発明の場合には,薬理効果を定量的又は数値的に提示しておらず,抽象的な記載があるだけで薬理効果のデータに対する記載がない場合は,記載不備に当たる。尚,定量的な薬理効果のデータを出願後補充する場合には,新規事項の追加となる。
しかし,中には効果をあまり具体的に記載すると,侵害判断の際にイ号のものの効果と対比され,効果が細かいところで異なるという理由で非侵害となる可能性が高くなるという意見もある。

6.進歩性の判断について


進歩性の判断は,基本的には日本と異なることはあまりないかと思う。ここでは,韓国の審査基準を中心に,簡単に説明しておくこととする。
判断方法の基本としては,〝出願当時の当業者が直面していた技術水準の全体を考えると共に,発明の詳細な説明及び図面を考慮し,出願人の提出した意見を参酌して,出願発明の目的,技術的構成,作用効果を総合的に検討して進歩性を判断するが,その中でも技術的構成の困難性を中心に,目的の特異性及び効果の顕著性を参酌して総合的に判断する〞〝進歩性の可否は,当業者の立場から,
①引用発明の内容に,請求項に記載されている発明に想到できる動機付けがあるか,
②引用発明と請求項に記載されている発明との違いについて,当業者が有する通常の創作能力の発揮に該当するかどうかを主要観点とし,
③引用発明に対して顕著な効果があるかを参酌して判断する〞
とされている。
①にある発明に想到できる動機付けとしては,引用発明の内容中の示唆,課題の共通性,機能・作用の共通性,技術分野の関連性が挙げられている。
また,②の当業者の通常の創作能力の発揮に当たるものとしては,均等物による置換,技術の具体的な適用による単純な設計変更,一部の構成要素の省略,単純な用途の変更・限定,公知技術の一般的な適用が上げられている。
さらに,引用発明の特定事項と請求項に記載されている発明の特定事項とが類似であるか,或いは複数の引用発明の結合により,一見当業者が容易に考え出せる場合においても,請求項に記載されている発明が,引用発明の有しているものとは異質の効果を有するか,或いは同質であっても顕著な効果を有するなど,当該技術水準から当業者が予測できない場合には進歩性が認められる。
又,「一部の構成要素の省略」の発明は,出願時の技術常識を参酌する際に当業者の予測可能な範囲を超える場合にはその進歩性が認められるとされているが,現実的には進歩性が認められないことが多い為,非常に厄介である。産業界では,1つの部品・材料又は工程を省くことで,原価や製造時間などにおいて優れた効果や利点が多い場合がある。しかし,現実としてそのような発明が特許となりにくいのは,至極残念である。この場合の対処策としてよく考えられるのが「否定的表現」であるが,それも,上記で述べたように原則として韓国では認められない。
結合発明の場合は,2つ以上の先行技術(周知慣用技術を含む)を相互結合して進歩性を判断できるが,その結合は,当該発明の出願時に当業者が容易に行えると認められる場合のみに限られる。
また,結合発明の進歩性の判断においては,その引用される先行技術を結合し,当該出願発明に想到できる暗示,動機付けなどが先行技術文献に提示されているかどうかを,主に参酌して判断する。
なお,韓国の拒絶理由では,例えば,請求項が,『…Aと,…Bと,…Cとを備える装置』の場合,拒絶理由の通知書に,”A,Bは引用発明1に,Cは引用発明2にそれぞれ開示されており,当業者が引用発明1,2から容易に発明できる。”と記載されていることが多い。即ち,上記請求項における「…」の内容,言い換えれば構成要件である相互関係・作用・細かい構成が無視される傾向にある。
従って,相互関係なども一つの構成要件である為,それらが引用発明に開示されていなければ意見書で主張すべきである。

7.上位概念については明細書で定義しておくことが良い


請求範囲が広く解釈される為には,請求範囲にいわゆる上位概念の用語を使用することが常である。実施例では「キーボード」を記載し,請求範囲ではその代わりに「入力装置」を使うのである。
しかしながら,韓国では,請求範囲の「入力装置」が発明の詳細な説明により裏付けられない,という拒絶理由が出されることがある。
その為,例えば,請求範囲に「入力装置」「加工装置」を記載しても,明細書においてその「入力装置」「加工装置」に対する定義をしておくことが良い。
この定義が記載されていないか,またはその定義範囲が狭く記載されていると,特許後にその範囲が狭く解釈される可能性がある。よく,「入力装置」「加工装置」などの請求範囲が広すぎて不明確であるという拒絶理由が出されることがあるが,その場合は通常よりも対応が難しい。

8.特許になれない発明−プログラム・医療行為の発明などについて


韓国では,いまだに「プログラム特許」が認められていない。こうした場合,韓国では「媒体特許」は認められている為,「プログラム特許」を「媒体特許」に変えれば良いだろう。
また,医療行為自体は特許の保護範囲ではない。詳しく説明すると,診断方法の発明や,人間を手術したり治療したりするなどといった医療行為は,産業上利用できる発明に該当しないと見なされる。また,医療機器を利用して人間を手術したり,医薬品を使って人間を治療したりするなどの方法は医療行為に当たる為,特許を受けることができない。
さらに,人体を処置する方法が,治療効果と美容効果などの非治療効果を同時に有する場合は,治療効果と非治療効果を区別又は分離できない場合には治療方法と見なされ,特許を受けることができない。
しかし,人間を手術したり治療したりする,または診断したりする為の医療機器そのものや医薬品そのものは,産業上利用できる発明に該当し特許を受けることができる。
さらに,新規の医療機器の発明と並行する医療機器の作動方法,または医療機器を使った測定方法の発明は,その構成に,人体と医療機器の間の相互作用,または実質的な医療行為を含む場合を除いて,産業上利用可能なものとして取り扱われる。
加えて,人間から自然的に排出されたもの,または採集されたものを処理する方法,医療行為とは分離可能な別個の段階からなるもの,または単純にデータを収集する方法は,産業上利用可能なものとして取り扱われる。

9.再審査について−前置審査との比較


「再審査」とは,従来の「前置審査」に代わって2009年改正により導入され,拒絶査定後に行われる審査のことを言う。日本の前置審査とは違い,特に「補正」や「不服審判」との関係において,注意が必要なところである。
韓国の再審査は一言でいえば,従来の韓国の,及び現在の日本の前置審査を,不服審判と切り離したものである。
異なる点を整理すると次の通りである。
・再審査と不服審判は両立できない(即ち,どちらか一方を選択しなければならない)
・再審査は「明細書などの補正」のみで成立し,不服審判は「審判請求」のみで成立する
・再審査は一回のみ可能であって,「第1回目の拒絶査定」に対してのみ請求することが可能である
・再審査を請求できる期間は,不服審判を請求できる期間と同じで,拒絶査定を受けてから3ヶ月以内であり,期間の延長が可能だが厳しく制限的である。
・再審査では,従来の拒絶理由が解消されていないと判断されると,再び拒絶査定が直ぐに出される。また,従来の拒絶理由が解消されていても新しい拒絶理由が見つかった場合には,新しい拒絶理由が通知される
・不服審判では,拒絶査定の可否についてのみ審理され審決される。(従って,審判段階で拒絶査定が取り消されるべきであるという判断があり,尚且つ新しい拒絶理由が見つかったとしても,日本のように新しい拒絶理由を出さないのが,現在の韓国審判の実務慣行である) 従って,再審査と不服審判の使い分けとしては,拒絶査定を受けて,
①これ以上請求範囲を減縮することが無理であれ,不服審判を請求して権利化を目指すか
②若しくは,現在の請求範囲からさらに減縮しても特許となって使えるものになりそうであり,尚且つ第1回目の拒絶査定であれば,補正をして再審査を請求し,再挑戦するかである。
ちなみに,料金的には②の再審査が安い。例えば,請求項が3項の場合の印紙代は,再審査が現在のレートで1.1万円弱であり,不服審判は2万円強である為,費用は再審査の2倍となる。
このような制度である為,両国間に食い違いがあり,取り返しの付かない失敗をする恐れがあるので,注意が必要である。
拒絶査定に対する応答案について指示を出す際に,例えば「まず,不服審判を請求して下さい」と「とりあえず,期限まで不服審判を請求して下さい」とするのでは,両国間で指示の捕らえ方にずいぶん違いが出てくる。
日本では,この「まず」「とりあえず」の意味を,審判請求後30日以内に補正をして前置審査(=再審査)を行うか,または補正をせずに審判で争うかを決めるので,まず(とりあえず)審判請求を,というように捕らえるのではないだろうか。
しかし,韓国では,日本からの指示をそのままの意味で受け取り(両国の制度の違いに関係なく),まずは指示通りに審判請求を行えば(再審査の請求は不可能となり),その後に日本から審判請求理由が送られてくるのだろう,というように捕らえるのである。
従って,韓国の出願については,審判請求期限の前に,審判を請求するか,または再審査を行うかを決めるべきである。出来れば,指示の仕方についても「まず,不服審判を請求して下さい。
補正案(又は審判請求理由案)は追って送ります。」などと詳しく記載すると,再審査なのか不服審判なのかが分かりやすい為,失敗は無いだろう。又,両国の制度の違いなどについて適切なアドバイスをもらうこともできて,お互いに助かることもある。
再審査を含む韓国出願の流れをフローチャート(1)で表すと,次の通りである。

10.明細書などの補正の時期・制限について


補正については,日本とそれほど違いはないかと思うのだが,意外と問い合わせがよくあるので,いま一度整理しておく。
イ.補正可能な時期
①特許査定の前,又は拒絶理由が通知されるまでは何時でも可能
②拒絶理由が通知されてからは,
a.最後の拒絶理由を除く拒絶理由の通知の際に与えられた意見書の提出期間内
b.最後の拒絶理由の通知の際に与えられた意見書の提出期間内
c.再審査を請求する際
ロ.内容的制限
願書に最初に添付された明細書・図面内であることが大原則であるが,上記②のb及びcの場合には
d.請求項の限定,削除又は付加による減縮
e.誤記の訂正
f.不明瞭な記載の明確化
g.補正により追加された新規事項を削除するか,または新規事項を削除し,尚且つ上記d,e,fの規定によるものというような追加の制限が課されることになる。
上記のように,韓国ではいわゆる「シフト補正」の概念がない。従って,その制限もまたない。即ち,補正においては補正前後の請求項に対して,「発明の単一性」について気を付ける必要はないということである。
但し,補正により他の請求項との「発明の単一性」を失った場合には,「発明の単一性」の理由で拒絶理由が出される可能性は十分にある。

11.PCT移行出願における注意点−移行期限,補正可能な範囲・時期及び誤訳訂正について


PCT出願に基づいて韓国へ移行出願できる期間は,ヨーロッパのように優先日から31ヶ月である。尚,この期間内に国内書面と共に翻訳文を一緒に提出する必要がある。
国内段階では,補正可能な範囲は翻訳文に限られており(これは審査の便宜の為であるかと思われる),審査の段階では出願当初の明細書のような役割を担っている。
国内段階における補正は,基準日(=国内処理基準時)が過ぎてから可能である。
又,PCT出願における外国語明細書など及びその翻訳文の双方に記載されている発明以外の発明についての特許は無効である,とする無効の特例があり,尚且つ誤訳による訂正の制度もない為,翻訳については慎重を期して行う必要がある。
しかし,基準日前であれば翻訳文の差し替えは可能である。
ちなみに,パリ条約による優先権主張付きの出願においても同様に,優先権主張書類に基づく明細書などは訂正ができないことに注意が必要である。

12.新規性喪失例外について


韓国では,新規性喪失例外の規定を適用する為には,喪失の行為があった日から1年以内に韓国に出願する必要がある。これは,優先権主張の有無は問わない。ここで言う1年とは,米国とFTAを結ぶ為に,米国のグレースピリオドに合わせる形で従来の6ヶ月から延長されたものである。
従って,日本で新規性を喪失してからまず6ヶ月以内に日本で出願をしても,韓国ではさらに6ヶ月の期間がある。その為,余裕を持って日本出願に基づく優先権主張を行うことができる。
新規性喪失の行為は,特許を受けることができる権利を持つ者によるか,又はその権利者の意思に反して行われたのかを問わず,出願公開・公告などを除いたすべてのものが対象となる。
出願時に,願書にその旨を記載し,権利者により新規性を失った場合には新規性喪失の行為を証明できる書面を出願後30日以内提出しなければならない。
新規性を失った事実を証明する書面には,決められた書式はない。しかし,商品を販売して新規性を失った場合には,例えば,商品を買ってもらった人からの証明書又は自分の確認書,講演会で発表した場合には,講演会を行いそこで発表したという趣旨の証明書,学会で発表した場合には,学会発表論文集などになるであろう。
この証明する書面については,その内容に基づいて新規性を判断する訳でもない為,それ程厳しくない。
後で,審査や無効審判などで争う際に提出された証拠などが,その新規性喪失の行為によるものであることを証明できれば,事足りるのである。

13.出願時における請求範囲の提出の猶予について


韓国では,驚くことに出願時に請求範囲を提出しなくても良い。出願後,出願日(優先主張の場合には最先の優先日)から1年6ヶ月,又は第3者による審査請求があった場合にはその事実の通知を受け取ってから3ヶ月の中のどちらか早い時期までに,請求範囲を提出すれば良いのである。ここで言う1年6ヶ月というのは,出願公開を意識したものである。期限前に請求範囲の提出が無かった場合には,出願はみなし取り下げとなる。
このような制度を設けた理由は次の通りである。韓国は先願主義を採用している為,どうしても出願を急ぐことになる。その結果,出願そのものに追われ,自分の発明さえもきちんと見つめられず,出願後請求範囲を変えることが多いため,出願人にも特許庁にも負担となる。したがって,それよりは出願時に,まずはじっくり考えながら発明の詳細な説明だけを時間をかけて記載して提出し,請求範囲については後で提出するのが良いのではないか,という趣旨である。本当に有難い制度である。
とは言うものの,活用については今一つのように思われる。明細書などを書く際には,発明者から発明の内容を聞いてから,まず請求範囲を書くことが多い為であろう。
尚,その中でも例外的に活用の道はある。例えば,学会で論文を発表してから,新規性喪失例外の規定を受ける為の出願が期限ぎりぎりで決まった場合や,とにかく優先権を確保したいという場合に活用できる。
しかしながら,実務的には,このような場合において,請求項1だけでも,あまり時間をかけずに書いておいて出願し,後で補正をすることが良いのではないかと思う。上記の制度を使用すると,期限管理が必要となり,期限を見逃したら出願自体が取り下げとなる為,非常に怖いものである。

14.審査ハイウェイなどの優先審査,審査の遅延について


出願審査は,審査請求の順に行われるのが普通ではあるが,他の出願より早く審査してもらえる制度がここで述べる優先審査であり,これにはいくつかの要件がある。
日本の出願人が使用できる要件としては,
① 公開後他人が実施中の出願
② グリーン技術(温室ガス及び汚染物質の排出を最小化する技術など)と直接関連のある出願
③ 輸出促進に直接関連している出願
④ 出願人が実施・実施準備中の出願
⑤ 電子取引と直接関連している出願
⑥ 韓・日特許ハイウェイ
⑦ PCT−PPH
⑧ 指定された特許の専門調査機関に先行技術調査を依頼し,調査結果が特許長官に提出された出願
があり,特に②については,法定の技術であり尚且つ調査専門機関からの先行技術調査報告書を提出されれば,超高速審査といって優先審査よりもより早く審査されることになる。
また,⑧を利用することで,費用(調査費用:現在のレートで5万円前後)はかかるが,全ての出願が優先審査の対象になれる。
日韓ハイウェイやPCT−PPHを利用する際に,日本などの審査過程での引例が特許文献であれば,その提出が免除され便利である。
この優先審査は,審査請求後又はそれと同時に請求することができる。又,各要件に当たるという事実を証明できる書面を提出する必要がある。
ここで,注意が必要なのは,日本で特許となったからといって韓国でも特許となることを保障しているわけではないということである。しばしば,日本で特許となったものがどうして韓国では特許とならないのか,と抗議などを受けることがある。審査ハイウェイによる優先審査とは,あくまでも日本での審査結果を活用して早く審査してくれること,それのみである。
一方,審査を請求してから,その審査を遅らせることも可能である。いわゆる「審査猶予制度」である。審査請求後9ヶ月以内に審査猶予を申請できる。申請は出願人のみであって,申請後2ヶ月以内であれば取下げや補正も可能である。但し,分割出願・変更出願・正当な権利者の出願・優先審査が決まった出願に対しては,猶予の申請が不可能である。肝心の猶予希望時点は,審査請求後24ヶ月経過後から出願から5年以内の間の時間に設定することが可能である。ここで重要なことは,この審査猶予制度は,審査請求期限を延ばすものではなく,審査請求された出願に対して審査時点を延ばすこと,である。

15.指定期間の延長について


審査官などが拒絶理由などを出す際に意見書を提出できる期間を与えてくれるが,この期間は補正もできる期間の為出願人にとっては極めて重要である。
この与えられた期間は,普通は一律的に2ヶ月であるが,延長が可能である。
まず,4ヶ月間は申請さえすれば認められる。1ヶ月毎に延長しても良いし,2〜4ヶ月を纏めて延長しても良い。印紙代は,現在のレートで約1.7千円,約2.5千円,約5千円,約1万円となる。
但し,その後のさらなる延長は厳しく制限される。
延長可能条件としては,
① 期間満了前1ヶ月以内に最初に代理人を選任するか,又は選任した代理人全てを解任・変更した場合
② 期間満了前1ヶ月以内に出願人変更申告書を提出した場合
③ 期間満了前2ヶ月以内に外国特許庁の審査結果を受けた場合で,同審査結果を補正書に反映しようとする場合(この場合申請書提出時,該当審査結果通知書写本及びその基礎となった請求範囲写本も同時に提出しなければならない)
④ 意見提出通知書の送達が1ヶ月以上遅延された場合(1ヶ月追加延長可能)
⑤ 原出願又は分割出願が審判や訴訟に係争中である場合
⑥ 拒絶理由と関連した試験及び結果測定に期間がより必要な場合
⑦ その他期間延長が不可欠であると認定される場合
この期限を延長してもらう為には,疎明書などを添付して申請書を出し,その当否について審査がなされ認められれば延長されることになる。なお,第3者が審査請求をした際には,①〜⑤の場合でも認められない。これは,早く処理する必要があるからである。

16.実用新案について


実用新案も特許と同じく実体審査を経て登録となる。2006年10月1日からの出願に対しては審査請求をしなければ登録にはならない。昔の日本の制度と類似している。
実用新案は,中小・零細企業に対する国の育成策として中小・零細企業から出る小発明を保護する為の制度であって,
① 物に限られること
② 進歩性が低いこと
③ 存続期間が10年であること
を除いては特許と同じである。進歩性については色々言われるが,少なくとも特許より不利に取り扱われることはない。
また実用新案は,特許よりも係争において強いと思われる。無効審判において,よほどの良い証拠でないとなかなか潰しにくい,いや潰せないのである。
従って,物に限られ,商品・技術の寿命が短い場合には,積極的に活用すべきだと思われる。
実用新案登録出願と特許出願との間には,特許出願に対する最初の拒絶査定を受け取って30日が経過する前までに実用新案に出願変更ができるなど,昔の日本の実用新案の審査時代とその使い方は同じである。
活用の時期としては,例えば,特許において拒絶査定を受けてから判断することが良いだろう。即ち,これ以上請求範囲を減縮して特許権を取得したとしても,権利範囲が狭い為ペーパー特許としてしか意味を持たない場合である。この時は,少しでも有利な実用新案に変更して権利化に再トライすることが良いだろう。
出願件数は,無審査の時代に非常に減ってしまい,審査に戻った現在においても未だ回復せず,2011年には1.2万件に留まっている。

17.請求項の記載には是非とも改行を勧めたい


請求項は一文で書くことが慣行となっている。従って,だらだら書くと読みにくくなる。出願後何年か経って拒絶理由が出された際に請求項を読み直すと,明細書の作成者でさえ分からない場合がよくあるだろう。ましてや,他人が読むとさらにひどくなる。その他人が,審査官,審判官や裁判官であることを考えると,決して出願人にとって利益は無いと言えよう。
まずは,請求項において構成要件ごとに行を改めることである。審査官が読みやすくなるだけでなく,発明の構成要件も分かりポイントも分かるようになる。
のように,さらに小構成要件ごとにも行を改め,尚且つ空白を空けて記載してもらえば本当に有難いものである。

18.請求項における「明確に」について


「特許発明の保護範囲は,特許請求範囲に記載された事項により決められる」というのは,韓国特許法の定めるところである。
ここで,もし請求範囲の記載が曖昧でそれ自体から保護範囲が決めらないものであれば,結局のところ,発明の詳細な説明などの明細書の他の部分を参照することになる。そうすると,実施例に基づいて解釈するしかない可能性が高いため,保護範囲は狭くならざるを得ないのである。
従って,請求項の表現は明確にすべきである。